あやちゃんチャンネル

母と息子の絆

2020年7月14日

こんにちは★
「あやちゃんチャンネル」のお時間です。
今日は母子家庭の感動する実話について書きたいと思います。
かなり長いお話ですが・・・
お暇なときに読んで頂けたら嬉しいです😆
母が子を想う気持ち、母親の強さ、身に染みて感じましたので
みなさんにご紹介したいと思い書くことにしました💗

幼い頃に父が亡くなりずっと母ちゃんと二人暮らしだった。
借金もあり、大変だったが必死に働いて俺を育ててくれた。
学歴も資格も頼る実家もなかったので、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。
贅沢をしなければつつましく暮らしていけた。
お金がないので休みは手作り弁当を持ってよく近所の河原に遊びに行っていた。
そこでいつも少年野球をみていた。
バットやグローブは買えないので「野球をやりたい」と言えなかったが
楽しそうに見ている俺を見て母ちゃんは申し訳ないと感じていたと思う。
そんなある日・・・
息子「え!なになに?」
母「じゃーん!巨人対阪神のチケット」
息子「えー!!野球のチケット?」
息子「やった~!」
母「張り切ってお弁当作るね!」
俺は楽しみ過ぎて毎日テルテル坊主を作り窓にぶら下げた。
その甲斐あってか当日は快晴。
いつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。
球場に着き、長蛇の列に並び、ようやく順番になってチケットを見せると…
店「ちょっとちょっとこれ入場券じゃないですよ」
母「え?」
店「これ優待券ですよ。ちゃんとチケット買ってください」
店「2名様で2000円になります」
母「・・・2千円?」
帰りの電車賃くらいしか財布に入れてきてなかったのでカバンの中にお金が無いか必死に探していた。
貧乏なうちがカバンにたまたまお金を入れてるはずなんかないのは分かっていた。
それでも必死に探してくれている姿をみて悲しくなり
息子「母ちゃんお腹すいたよー」
母「そうだね。ごはん食べよっか」
母「すみません。チケットは結構です」
その場を離れ近くのベンチで弁当を開けた。
食べ始めると試合が始まったのか、時々「わぁぁぁー」と大歓声が上がるのだが
それを目の前にしながら見れないのが余計にみじめな気持ちにさせた。
息子「あー美味しかった。ごちそう様」
母「うん」
息子「疲れちゃった帰ろう」
母「うん」
電車に乗りしばらく黙ったままだったんだけど・・・
ふと横を見ると母ちゃんは悲しそうな顔で俯いていた。
息子「僕、たのしかったよ」
母「母ちゃんバカでごめんね」といって母ちゃんは涙を少しこぼした。
その後、母ちゃんに辛い思いをさせた貧乏と無学が嫌で一生懸命勉強した。
少しでも良い暮らしをさせてあげられるようになりたかった。
その甲斐あってか希望の大学に合格することができた。
俺には夢があった。
母ちゃんと一緒に住むための家を買うことだ。
そのために俺は、新聞奨学生になった。
大学に行きながらお金も貯めれる。
ただ朝2時~3時に起床して、朝刊配達し、それから学校へ行って
15時頃から夕刊配達。もちろん落第しないように勉強もしないといけない。
かなり過酷だったが4年間勤め上げた。
卒業後それなりの企業に就職し、安定した収入を得るようになった。
いつも「いらない」と言っていたけど俺は毎月5万の仕送りをしていた。
その後、俺は結婚し母ちゃんに孫を見せてやることもできた。
社会人になって5年目、ようやく頭金も十分に貯まり俺の家族と母ちゃんが一緒に住む家を買うことを決意する。そのことを伝えに行こうと考えていた矢先・・・
母ちゃんが倒れたという連絡を受けた。
医者「息子さんですか?」
息子「はい、あの…母の容態はどうなんですか?」
医者「意識は戻っておりませんが、何とか峠は越えたようです」
息子「よかった…」
医者「ただ、非常に申し上げにくいのですが」
医者「お母様の病名は癌です」
目の前が真っ暗になった。
息子「あ、あの…治るんですよね?」
医者「残念ながら全身に転移しており、年齢から考えても手術は難しいかと」
母「ここまで進行していては抗がん剤治療もかえって苦しめるだけになります」
その後の記憶はあまりない。
かろうじて医者の話す声だけを覚えている。
医者「どうしてこうなるまで放っておいたのか」「もってあと2か月くらいでしょうか」
医者「残りの時間を大切にしてください」
それから俺は毎日仕事終わりに病院に訪れ、面会時間ギリギリまで眠ったままの母ちゃんの手を握っていた。
夫を早くに亡くし、自分の服や化粧品も買わず俺を最優先にし、ずっと働きづめだった母。
体調が悪いことも心配や負担をかけまいと
黙っていたんだと思う。
もし俺がいなければこの人はもっと幸せになれたのかも。そんなことを考えていた。
その時、眠っていた母の目がゆっくりと開いたのだ。
そして俺の顔を見て、「野球、ごめんね」と涙を流した。
俺はあの時のことだとすぐに分かり「楽しかったよ」と言おうとしたが・・・
「た・・・ぁ・・・」涙が出すぎて言葉がでてこない。
そしてすぐにまた目を閉じ、その後二度と開くことはなかった。
2週間後の寒い日、かあちゃんは静かに息を引きとった。
その後、母ちゃんの部屋の遺品整理をしていると押し入れから大きな衣装ケースが出てきた。
あけてみるとそこには俺の小さい頃の写真、母子手帳、俺が書いた母ちゃんの絵や通知表などが入っていた。
たくさんの封筒もあり、中身は全て現金5万円。封筒には××年〇月分、××年〇月分と書いてあった。きっと仕送りを使わずに俺のために貯金してくれてたのだろう。
「俺は本当にあなたの子供に生まれて幸せでした」
「ありがとう母ちゃんも幸せだったよ」

みなさん、どうでしたでしょうか??
いや~・・・
こんな素晴らしいお母さんと息子・・・
言葉がでませんね😫💦
今、私が子供のためにここまでできているか。と言われたら出来ていません😅
実家もたまに見てくれますし、親戚や祖母も預かってくれる時があります😭🥺
ほんとにわたしはシングルマザーの中でも恵まれている環境だなぁとあらためて実感しています😨
そこに甘えてしまい、子供に対しての接し方が少しおろそかになってしまったり
しており、もっと母親として頑張らないとと思いました💪✨
普通の家庭より、子供にはさみしい思いをさせていると思うのでたっぷり愛情を注ぎ、今まで以上に向き合っていけるように努力していきたいと思いました💕

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